【生い立ち】

1975年千葉県にて出生、男三人兄弟の三番目。

男児三人ともなれば、食器はすぐ割れ、ふすまに穴が開き、新品の家具は三日で傷だらけ。
中でも運動神経が良く飛び回っていた私は、幼少期に母親から「豆タンク」と呼ばれていた。
幼稚園でくれるお誕生日カードの将来の夢には「犬になりたい」と書いた不思議な児童。家は由緒あるお寺の檀家で、週末にはお寺に通い、「良いことも悪いことも全てお見通しだよ、善因善果、悪因悪果、正直になりなさい」と躾て頂いた。

小学校に上がると放課後は毎日友達と野球、中学校でもそのまま野球部に所属した。

高校進学後、THE・BEATLESをきっかけにロック好きになり、バイトで貯めたお金でギターを買った。御多分に漏れず高校生バンドを結成し練習に明け暮れる日々。

高三になり、受験勉強に勤しみ、法政大学経営学部に進学。通学経路には楽器屋街がある御茶ノ水があった。昼は大学、夜は御茶ノ水に入り浸る生活。

そんな私も大学三年の終盤になると就職活動に突入した。バブル崩壊後の就職氷河期真っ只中だったが、早い時期にデジタル複合機(コピー&FAX)を販売する企業に就職が決まった。営業200名のバリバリの販売会社で社会人としての第一歩を踏み出す事となった。

【社会人生活スタート】

若干の研修期間を経て配属されたのは、営業部の中でも新規開拓専門の部署。市場シェア挽回の為に新設されたプロジェクトチーム的な色合いを持つ部署で、営業200名の内、若手を中心に15名程度が選抜されていた。最初に与えられた仕事はキャンバシングといって、キャンバスに色を塗っていくように、担当エリアの全事業所を訪問し尽くす営業活動だった。

私の担当エリアは千葉県柏市の某工業団地。5㎏~6㎏はあるであろう営業カバンを引っ提げて、片っ端から炎天下の工業団地を事業所訪問して廻る。事務所らしきものが見えたら迷わず飛び込み、ビルがあれば上から順に呼び鈴を押していく。コピー機は既にどの企業でも導入済で、飛び込み営業は基本歓迎されず、成果の出ない苦しい日々。

1日40件~50件訪問していると、競合の営業と訪問先でバッティングすることもしばしばで、時には包丁満載のリュックを背負った金物屋の行商さんと一緒になることもあった。どう見ても堅気ではなさそうな社長に凄まれたり、工場で飼っている犬に飛び掛かられてスーツを破られたりと、予想外の事態も経験した。そんな日々を過ごす中、自分なりにどうしたらお客様が興味を持ってくれるか、アプローチ方法を研究し、ちらほらと見込み客が増えていった。

そして1ヶ月後、ある小さな企業から、人生初の契約を頂くことができた。無事納品が終わり御礼を述べて帰ろうとすると、先方の社長から「ご苦労様、うまくはないけど、とても伝わる営業だったよ」と言葉をかけて頂いた。感謝の念が収まらなかった。技術や知識も大切なことはもちろんだが、詰まるところは人なのだ、ということが体に染み込んだ瞬間だった。

結果が出るまでに時間がかかり苦労したが、お金を稼ぐことの大変さ、顧客目線の大切さ、周囲の人達への感謝など、仕事で大切にすべきイロハを学ぶことができた仕事だった。

その後も新規開拓に従事し、競合先リプレース台数全営業中トップなど実績を残すことができたが、全て初契約で学んだことが基盤となっている。

【転職と独立】

新卒で入社した会社は主にハードウェアを扱っていた為、一度ソフトウェアを経験しておきたいという想いが強くなり、IT業界に転職した。ここでも営業に従事していたが、お客様との関係が深くなってくるとマーケティングや人の採用についても相談を受けるようになってきた。扱う商品周りの知識は有していても、畑違いの分野はなかなか回答が難しい。そこで、経営について体系的に学びたいと思い、中小企業診断士資格取得を目指すことにした。

勉強が進むと新たな知識や考え方が蓄積され、今までの経験と結び付けてさらに質の高いサービスの提供を考えるようになる。併せて、その実現方法として独立を志向するようになった。そして、資格取得とほぼ同時に個人事業主として事業を開始するに至った。

【ライブリッツ・アンド・カンパニーとの縁】

実は独立後まもない頃、お付き合いのある社長の紹介で、代表の小野と一度会っている。

この時、「独立初年度は当社に限らず、1年間色々な仕事を経験した方が良い。その中で、丸山さんがやりたいこと、自分にあった場所をみつけてください。そうじゃないと良い仕事ができませんから。1年経って方向性が合えば、ぜひご一緒しましょう」とのアドバイスをもらった。

その通りに、初年度は執筆、創業支援、研修講師など様々な仕事に従事した。その過程で自分の得手不得手が見えてきたように思う。現在思うのは、会社の改善に取り組む経営者に寄り添い、その支援をさせて頂くことにやりがいを持っているということだ。

つい先日も、提示した資料について支援先の社長から好評価をいただいた。そして、「この資料を基に店舗スタッフの提案力向上を図ります。スタッフが成長し、いきいきと働いてもらうことが、私の仕事です。」とのこと。こうした姿を目の当たりにすると、自らもっと成長しなければならないと思う。

現在は小野と一緒にクライアント企業を訪問し支援に取り組んでいる。今後はクライアント企業から単独で指名頂き、納得いただける支援を提供できるよう、日々研鑽していきたい。