神奈川県にて自営業を営む真面目な父と、優しい母の間に生まれる。
家族は父と母と妹、ディズニーと少女漫画をこよなく愛する。
…と、かわいらしく見せかけつつも、お肉が大好きでガッツリ食べたり、仕事も大好き、時間がなければ寝る時間を削ればいい!と気合いで動く逞しい面もある。


【生い立ち】

小学校から高校までエスカレーター式の女子校で育つ。自分の意思で進んだ大学では電気電子情報工学を学び、修士課程まで修了。
社会人になってからの9年間はソフトウェア開発に従事、その間に中小企業診断士資格を取得。
その後、2014年に独立、2015年4月「株式会社ライブリッツ・アンド・カンパニー」へ社名変更した当社の取締役へ就任した。


【きっかけ】

私は性格的にも職業柄的にも、普段から物事をはっきり言うタイプなのだが、実は幼少期はとてもおとなしい子供だった。
今のようにはっきりと発言できるようになったのは、小学生時代にきっかけとなる出来事があったからだ。
小学校中学年の頃、ガキ大将的な男子からおとなしいのをいいことにからかわれたことがあった。嫌だと思ってもジッと耐えていたが、ある日ブチっと切れて 「なんでそんなことをするの、嫌なの!やめて!」とガツンと怒鳴りつけたら、なんと次の日からピタッとからかわれなくなった。 言えるわけがないと思っていたおとなしい女の子が急にはっきりと否定の言葉を口にしたので驚いたのだろう。

この体験を経て、「きちんと伝えることが大事だ」「思ったことは言うべきだ!」と心から実感した。
そのあたりから今の私が形成されてきた。

大人になってから多少はオブラートに包めるようにはなったが、仕事上でもおかしいと思ったことは遠慮せず、必ず言わせていただいている。
例えあまり他人に言われたくないことでもあっても、クライアントの一番ためになることであれば、誤っていることはきちんと言う。 ご機嫌をとるのではなく、お互いに思ったことを言える強い信頼関係を結べるような仕事をしていきたいからこそ、このスタンスでいるのだ。

ライブリッツ・アンド・カンパニーの取締役へ就任するきっかけになったのも、はっきり物事を言わせていただいたおかげだと思っている。
自分の行動や能力が代表の小野が求めるクオリティにあっているのか。どこまで求められているのか、自分にできるのか。
やりたいからと簡単に受けてしまった後に出来ないことがあってはいけない。と、納得するまで質問をし、回答をもらった。
必死に聞いていたのが伝わったのかもしれない。
小野から「そこまで聞いてくれる人は他にいませんでした。是非、当社の役員に」と請われ、ありがたくお話を受けさせていただき今にいたる。
短時間の面談の中でも聞きたいことはすべてはっきり聞き、自分の思いを話し、自分自身を出すことができたからこそ今の信頼関係を築く土台が出来たような気がしている。


【会社員生活を経て】

大学を出て最初に就職をした会社ではソフトウェアの開発をしていた。だが、時代の最先端よりさらに先の商品を扱っており 当時は時代が追いついていなかったのか事業部が廃止になってしまったのだ。
全く違う専攻の分野への異動、研究してきた分野とあまりにも違う部署にはやりがいを感じられなかったため転職することにした。
転職先でもソフトウェア開発を手掛けていたのだが、またここでも問題が……
転職直前に起きたリーマンショックの影響により会社の景気が悪化、社員のモチベーションがみるみる低下していくのを目の当たりにした。
会社の経営はけっして良くないはずなのに、のんびりしているだけで誰も現状を変えようとしない社内。
新しいものを開発したくても出来ない、何を聞いても今までの踏襲でいいじゃないかと言われるような環境の中で自分もどんどん無気力になっていく感があり
   
「ここにいたらダメだ!」
   
と一念発起し、幅広く勉強できる中小企業診断士の資格取得を目指した。
合格までに3年かかったが、その間に独立を決意。合格後は準備も兼ねて1年は我慢して、様子見つつ人脈を広げていた。


【そして独立】

私のディズニー好きは父の影響が大きく、小さい頃は父と二人で頻繁にディズニーランドへ通っていた。家族の中で誰よりも父との距離が近いのは私だと思っていた。
ところが自営業(運送業)を営んでいた父に「私、家業を継ごうか」と聞いたところ「いやいい、継がなくていい」と断られてしまったのだ。
長女の私が後を継ぐものだと当然のように思っていたので驚いた。
勢いで経営をしていた祖父から会社を引き継ぎ、会社を立て直してきた父にすれば、厳しい運送業界で娘に苦労をさせたくはなかったのだろう。
「お前は一人で食っていけるんだから、もし商売でもなんでもやりたいことがあるなら、自分で会社を作った方がいい」とも言われた。
そのような環境にいたためか、勤めていた会社を辞めて独立することにはあまり抵抗がなかった。


【中小企業支援への思い】

独立した当初は「とにかく何でもやってみよう」と、誘われるものは片っ端から引き受けていた。
独立準備期間も含め執筆や講師業、プロジェクトやイベントの事務局などやってきたが、色々やっていく中で「あれ、これは違うな。 これはいいな」と見えてきている部分がある。こうやってだんだん得意分野が決まってくるのだと実感している。

中小企業支援、事業再生へ携わるようになり、今一番やりがいを感じているのはコンサルタント業だ。
小野と一緒にクライアントを訪問し、経営者や経営幹部の方と直接お話をできるのはとても楽しく、勉強にもなる。
クライアント訪問前に私が経営改善の資料を準備し、現場では小野がメインで進めることが多い。お互いに補完し合えている部分もあるのではないだろうか。
最初の訪問から支援までのクオリティが高く、満足していただければ次からもリピートして呼んでいただけるようにもなる。 私も早くリピートして呼んでいただける一人前のコンサルタントになりたいと日々修行中だ。

中小企業と一言で言っても様々な業種、環境があり、色々な考え方をする人がいる。
一番の活力になるのはなによりも支援先のみなさまが喜んでいる顔だ。
社長だけではなく社員の方にもお会いする機会がある。外から来た私たちが、別の目線からアドバイスをさせていただくと 「あ、そんなやり方もあったんだ」と気づきがあり、次回訪問するとものすごく環境がよくなっていたりする。
そうなると皆さんの表情が全く変わってくる、この瞬間が嬉しくてたまらないのだ。


【今後の課題、目指すこと】

今更ではあるが、考え方や感じ方が自分と100%完全に合う人間などいないのだと認識している。
人それぞれ強いところも弱いところもあるはずなのだ。得意なところを持ちよれば最強のチームが出来るのではないかと、 特にプロジェクトリーダーをやっている時に感じる。
なかなかうまくいかないのは人のせいではなく、自分が変わっていかないといけないと反省することが多い。
コンサルタントとして人事面について経営者様へお伝えする上でも、私自身が人を使っていくためにももっと人の強みを伸ばしていく力が必要だ。 そのために、まずは自分が変わっていかなければならないと痛感している。

いつかは自分でも事業をやりたいと考えている。実際に事業や商売をやったことのない人間が経営者にアドバイスをしたり、 診断をしても説得力不足なのではないかとも感じているからだ。
クライアントの喜ぶ顔を見続けるためにコンサルタント業と事業を軌道に乗せ、クライアントの会社がより素敵な会社になるように支援し続けていきたい。